8月6日広島原爆の日
1945年8月6日、AM8:15分。
広島の現在の平和公園の上空に原爆が落とされました。
一瞬で焼け野原になり、数日火が燃え続け、草木も生えないんじゃないかと思うほどに荒れ果て、怪我をした人たちが原爆の被害の少ない境目へ走って逃げてくる。
急激な熱で水分を奪われた人々は喉が渇き水を欲しがったそうです。しかし血流がよくなりすぎるからか、そもそも水とは関係なく瀕死の状況だったからか、水を飲むと次々に亡くなっていったそうです。
仕事に出ていて助かった人も家族は爆心地にいたり、放射線の被害に苦しんでいたり、大切な人を失い、苦しむ人を助けられなかったことで心を痛めている人々が2023年の今もいます。ほんの78年前の話です。
96歳の祖母に切符で食べ物が配給されたいたこと、畑仕事をみんなで手伝いに行っていたこと、今は白いご飯も甘くて美味しい食べ物もいっぱいあること。のんびりテレビを見て転がっていられることが幸せなことを教えてもらいました。お友達やお姉さん方に白いご飯をいっぱい食べさせてあげたかったと言います。
戦争体験の話が風化しませんように。